徒然なるままに書いたものです
私は昔の曲ばかりを聴いている
メロディと歌詞と声
そしてバックサウンド含めて好きな曲の一つは
チープトリックのMighty Wingsである
力強く高音域まで広がる男性ボーカルの声
疾走感溢れるメロディと
F-14に向けた情熱的な歌詞
そして迫力のあるバックサウンド
最近の曲はかれこれ何十年も聴いていないのだが
昔に比べてバックサウンドがシンプルになってきている
私が言う昔とは、1980年代の頃であるが
その当時はまだ色んな楽器が
それぞれのメロディを奏で
重なり合い、コーラスも含めて
複雑で奥行きのある曲が多かった
音楽の単純化は1950年以降から始まったとされるが
1秒間に演奏される音符の数が減少し始め
最近は更に単純化の傾向が
強くなってきているらしいが
イントロがない、いきなり曲が始まる傾向も
個人的には非常に残念な事だと感じている
それは便利になった時代の
悲しい副産物であると私は思う
その副産物は曲のみならず
色んな所で
これからますます顕著化してくるであろう
近年、小学生の数学の学力が低下してきてるのは
" 考えるのが面倒くさいから " と
答えていた子供がいたが
AIの発達により
その便利さに味をしめ、依存してしまった人間は
最終的には何をするにもAIに頼り
自分で考え、答えを出せなくなるのかと思うとゾッする
それはもうそんな遠い未来の話ではなく
近い将来の話である
話がまた脱線してしまったが
チープトリックのMighty Wingsは
トップガンのサウンドトラックの中でも
1番の曲だと思っている
この映画は
父が赴任していたカナダのモントリオールの映画館で
家族みんなで観た思い出の映画でもあるのだが
途中. . . .大人のシーンが出てきて
あの大画面でバーンと観せられ
16歳の私は
目のやり場にとても困ってしまったのだが、、、笑
映画の感想は
アメリカ海軍の戦闘機の凄さに圧倒され
軍の広報的な部分も含めて作られたこの映画に
まんまと乗せられた私は
" F-14のパイロットになりたい、、、"と
ちょっぴり思ってしまいました、笑
実際、この映画の影響で
アメリカ海軍のパイロットに憧れて
志願者数が増えたという話があり
トップガン マーヴェリック の公開後も
同様の現象が起きている
チープトリックのこの曲は
映画のラストテロップが流れ始め
" さぁ、帰ろうか "
よっこらしょ と腰を上げた所
ダダーン!!!と流れ始め
" え!?何?何?"と
再び、シートに座り直し
その疾走感溢れる曲と
美しいボーカルの声に聴き入り感動したのである
私はむしろ、映画本編よりも
この曲の方に衝撃を受け、感動したのである、笑
歌詞と英語の響きを含めて私は特にここが好きである
" I take a chance on the edge of life
崖っぷちでチャンスをつかむ
Just like all the rest
これからだってそうしていく "
大まかな歌詞の内容は
" 冷たいブルースチールの機体と
僅かな幸運でカミソリみたいに夜を切り裂くのさ
俺が感じたいように感じるまで
今夜、俺の心は激しく燃え上がるのさ
白銀に光る鳩に乗って
夜の果てまで突っ込むのさ
さぁ、強大な翼で連れてってくれ
魂がより高く、高く、上を望むのさ
今夜、俺の心は空に燃え上がる
強大な翼で空を駆け抜けて
強大な翼で連れてってくれ
今夜俺を強大な翼で連れてってくれ "
そしてバックサウンドのドラムも見事で
いつも聴き惚れてしまう. . . .
ドラムも凄いなぁ、
叩けるの凄いなぁ、
叩いてみたいなぁ、と
思っていたら、何故かお勧めにこれが出てきた
ちょっとビックリ!
ドラムは両手両足を全て違うリズムで取る
パリッとした仕立ての良いスーツを着こなし
真新しい赤の靴下に
ピカピカに磨いた靴を履き
それはただのお洒落としてではなく
彼のドラムに対する礼節の気持ちであろうかと思われる
そしてドラムを叩く事をとても楽しんでいる様子は
観ているこちらも楽しい気持ちになります
プロのドラマーの演奏を
色んな角度から
じっくりと拝見出来るのは嬉しいですね
曲も懐かしく
ドラムがこんなに格好良いサウンドを
出していた事にも驚きでした
ジブリ映画を最初から最後まで観たのは
2008年 (遅い!笑) TVで となりのトトロ と
映画館で 借りぐらしのアリエッティ
を観ただけである
となりのトトロ で好きなのは
トトロや猫バスでもなく
メイの 幼い子 あるあるの、
表情を見事に表現している所だ、笑
このトトロの姉妹に因んで
うちの姫達の中に
サツキとメイという
可愛いエキゾチックの姉妹がいる
サツキと名付けた子は優しい子
メイと名付けた子は
とてもお茶目で周囲に笑顔を振りまいてくれる
少々ドジな女の子だ
話は少し脱線したが、
本日、金曜ロードショーでは火垂るの墓に続き
崖の上のポニョ が放映される
ポニョ、という とても可愛い名前
愛らしい見た目のキャラクター
口ずさみやすい歌、で
可愛く楽しい映画なのだろう、と
私は勝手に想像していたのだが
どうやら. . . .違うらしい. . . .
ポニョの母、グランマンマーレは
チョウチンアンコウがモデルであり
頭部の先端に光る部分は
深海で餌となる小魚やエビをおびき寄せる役割をし
女神のように美しいグランマンマーレは
その先端部分であり
グラマラスで魅惑的な女性の姿を掲げて
子孫を残す為に
男性を引き寄せているのである
怖い. . . .
それに引き寄せられた男性は
フジモト以外にも数千人もおり
既に彼女の体の一部となってしまっているのであろうか
チョウチンアンコウの生態は恐ろしく
オスがメスに噛みつき寄生し
そして皮膚が融合して一体化
最終的にはオスは精巣だけを残して
メスの体内で精子を供給する存在だけとなるのである
オス個体としての意識は
同化した時点でなくなるのであろうか?
寄生したつもりが
メスの臓器の一部分となって
生殖だけの役割を果たすのは
何とも皮肉で残酷なものである
ポニョは幼子ではあるが
女性の怖い一面をしっかり持っている
宮崎駿監督が
「 この映画の本質はこれなんですよ 」と言って見せた絵
「 真っ黒な空と真っ黒な海が盛り上がって
それが魚になって、その上に半魚人の女が
自分の男を迎えにやって来る
だから、ホラー映画なんですよ
海の向こうから
この世の終わりみたいな空と海を率いてくる、
そんな女に惚れられた宗介は可哀想 」と
監督は言った
薔薇に棘
その棘の大きさに違いはあっても
女性は男性を恐れさせる一面を
持つ生き物なのかも知れない
それは大人でなくても
メスとして生まれ出た瞬間から
生来持ち合わせているものであり
普段は心の奥底に静かに潜めてはいるが
何かをきっかけにして出てくる. . . .
メスという性は
神秘的で
そして強く
怖い生き物でもあるのであろう . . . .
崖の上のポニョ
この映画は
メスの持つ生来の怖さを
ポニョを通して
可愛らしく表現していると言うが. . . .
どんな映画であるのか
観終えた時
自分はどんな感想を抱くのか
今夜、録画しておかないといけないのである、笑
夏の全国高校野球
準々決勝 第3試合
県立岐阜商業 対 横浜高校の試合を
たまたまダイジェストで目にした
今夏、1番エキサイトした試合かも知れない
試合は県立岐阜商業が
5回戦まで先に4点をリードした
この流れで行くと
先制点を挙げたチームの勝率は
7割を超えるというデータがあるのだが
ここは横浜、
精神的に非常に辛く苦しい所であるが
しかしこの高校、
普段の練習試合は
敢えて弱いチームと戦う事で勝ち癖を付けており
苦境に立たされても
" 大丈夫!きっと勝つ!"
という思考回路が
しっかりと植え付けられているのである
そして迎えた6回戦
横浜高校は強烈な逆襲3点を取り
8 回戦で更に1点取り
遂に同点に追いついたのである!
そして10回戦
更に3点取った事で
" これで勝利確実!!!"
と思ったのだが
県立岐阜商業も
" まさかの3点!!!" を取り
試合は延長戦にもつれ込んだのである!
11回戦、8対7で
県立岐阜商業がサヨナラ勝ちをしたのだが、、、
何とも手に汗握る
ハラハラドキドキの試合だったのである
(ダイジェストの1分しか観てないが、笑)
しかし夏の甲子園は、熱い!
私が神戸に住んでいた時
(またか、笑)
新年の福男選びのリレーでも有名なえべっさん、
西宮神社 や 甲子園球場 は生活圏内であり
夏の甲子園が開催されると
この周囲は大変賑やかになり
各高校の応援団を乗せたバスが続々と集まり
試合中は近くを通ると
甲子園周囲の空気までもが
丸ごとどよめき
揺れるような歓声に
" うわぁ、甲子園、熱いなぁ "と圧倒されるのである
また関西ではNHK以外にも
朝日放送で朝から夕方まで生中継しており
TVでもつい一日中観てしまうという環境で
甲子園の熱狂ぶりを身近に感じられるからこそ
関西の子供達は野球に憧れ
高校球児に優秀な選手が多いのも関西
プロ野球でも断トツ大阪、兵庫出身が多いのである
ちなみに余談ではあるが
阪神タイガースの敵
巨人軍は東京の球団ではあるけれども
中身は関西出身の選手とコーチでいっぱいです、笑
さてさて夏の甲子園も23日が決勝戦
熱き球児達の戦いも幕を閉じるのであるが
閉会式、
そして24時間TVで
サライの歌が流れると
" あぁ、今年の夏も終わったなぁ "
といつも少し寂しい気持ちになるのである. . . .
小田原は海にも山にも近い城下町である
小田原城はかつて難攻不落の堅城と言われ
" 越後の龍 " こと、上杉謙信
" 甲斐の虎 "こと、武田信玄は
軍勢2万
巧みな戦略と
強力な騎馬隊で
攻めても崩す事は出来ず
豊臣秀吉の一夜城に因る小田原征伐まで
一度も落城することはなかったのである
秀吉の一夜城戦法により
小田原城内では
所謂、張りぼての城とは気付かずに
慌てふためき
籠城か出撃か、降伏か決戦か
意見がまとまらないまま
落城してしまった事から
" 小田原評定 " という諺まで生まれた
戦は武力で勝つという方法以外にも
経済力で勝つという方法があり
立派な石垣のお城を一晩で造ったかのようにし
圧倒的な経済力を見せつけた事で
小田原城はあっさりと敗北になったのだが
一晩で築城したかのように見せた一夜城は
実際には延べ4万人の過酷な労働力で
約80日かけてコツコツと築いたのである
ところが
この一夜城跡に
いつの頃からか
火の玉や幽霊が出ると言われるようになった
城跡の周辺、特に天守台付近では
甲冑を着た武士の霊が現れ
その霊はまるで守備を続けているかのように
城の跡地を歩き回り
近づくと突然姿を消してしまうという
目撃が何回もされている
今から30年前
そう、私がまだ若かった頃の話
職場の仲間達と共に仕事終わりに
" ドライブがてら、一夜城に肝試しに行こう "
という話になった
言い出しっぺは、、、
" 小田原嬢 " こと、私である
今でこそ、この一夜城跡の横に
パティシエの鎧塚氏が手掛ける
高級ケーキとパンとレストランの施設と
大きな駐車場があるが
30年前は何もなければ、
人もいない
車もない
あ〜、こんな村やだぁ〜♪の吉幾三ではないが
1人では絶対に!行きたくない場所であった
さて、言い出しっぺの道案内により
一夜城跡の入り口から少し離れた場所に車を停めた
その日は、繊月(せんげつ)の夜であり
月明かりがほとんどなく
鬱蒼と茂る木々の
引き込まれそうになる暗緑の暗闇が広がり
辺りには周囲を照らす街灯もなく
とんでもない所に来てしまった、と
私は激しく後悔をし始めていたのだが、、、
何ぶんにも、言い出しっぺであった私は
地元でない仲間を先導しなければならない責務があり
先頭に立ち、一夜城跡を目指して歩いて行った
みな一言も喋らずに私の後を付いて行く
仲間の1人が、カチッ!と私の横で
ジッポーのライターをかざしてくれた
そのささやかな灯火を頼りに
暗闇の中を歩きながら
私は
あー、来て、失敗したなぁ
あー、来るんじゃなかったなぁ
あー、もう前に進みたくない
怖いなぁ
怖いなぁ
と、、、
歩いていると
前方右手の茂みの方から
バキバキっ!!と木の折れる音がしたのである!
ぎゃゃゃ〜あぁぁぁ〜
私は叫んだ
恐怖のあまり
力の限り叫んだ
友人の持つジッポーの灯りが眩しい. . . .
仲間達は
音がした木の茂みの方向を見る事はなく
何故か私の方を見てから
もと来た道をみな一斉に走り出した
やばい
取り残される!
私も必死になって
皆んなの後ろを走って追っていく
パンプスを履いているが、関係ない
1歳から祖父に鍛え抜かれた?健脚の足で
小学校の運動会では
人はそう、かも鹿の如く走る、と言われたが
( 現在は農耕馬だが、笑)
私は、その時以来の持てる力を全力で使い
必死になって走った
先に皆が逃げていく背中を見ながら
私は全速力で走りに走った
死に物狂いで
走った
その光景は傍から見れば
いともおかしかったであろう
一行は駐車していた車の前にやっと辿り着き
皆、ぜぇぜぇ〜はぁはぁ状態であった
そして仲間の1人が息を切らしながら私に言った
" いや、もう、何が怖かったって、
りなちゃんの恐怖の顔があまりにも怖かったから
逃げたんだ "と
ジッポーを持っていた子が言った
え!?
その顔はまるで、梅津かずおの恐怖漫画に出てくる、
少女がドアップで叫ぶ顔のようであった、と。
それは、、、、確かに、、、、
怖い. . . .
確かにあの時、ジッポーのライターが
私の顔の若干 下にあったのは気になったけど、、、、
ジッポーの子は言った
" 多分落武者に遭遇するよりも
( 私の顔の方が )遥かにインパクトがあって
怖かった "と. . . . .言った. . . . .
うおぉぉぉぉ〜〜〜い. . . .
落武者よりも怖かった. . . . . とは
何とも、背筋が凍らない、とほほ な話であった
左手のない猿が
鎌倉に出没!と報道されたと思ったら
あっと言う間に、次は埼玉の狭山にいる
早い
早過ぎる
ヒッチハイクでもしたのであろうか?
実はこのお猿さん、
昨年末には小田原にも来ており
しもべ が、かかりつけの動物病院にいた時
窓の外の駐車場に現れたお猿さんを
看護師のお姉さんが発見した事で
私も目撃する事が出来たのである
もう興奮で心臓がバクバクである、笑
いつも冷静沈着で動じない先生は
即座に役所の環境保護課に電話を入れ、
お猿はせっかく訪れた動物病院の門を
叩かずして姿を消したのだが
その日の夕方のニュースでは
早くも小田原にいるお猿の映像が写し出されていた
このお猿は、最初は栃木で目撃され南下し
小田原まで来ると何故か踵を返し
また北上しては南下、と
行ったり来たりしているのだが、
お猿よ、、、
小田原までせっかく来たのならば
すぐ先には根府川の斜面に連なる魅惑的なみかん畑や
(農家さんは困るが)
箱根ターンパイク沿いに進めば
すぐ箱根の山に入る事も出来、
お猿の最終の安住の地として
腰を下ろしてもらいたいのだが、
お猿は、ひたすら住宅街、道路を利用
たまにヒッチハイク(?)をし
交通事故に遭う事もなく移動をしており
おそらく瞬時の状況観察と判断力
危険を察知する能力が非常に高く賢い猿なのであろう
また山よりも住宅街の方が
美味しい食べ物がたくさんある、と
気付いてしまったのであろう
左手のない体で
200キロも超える距離を移動し
捕獲される事なく
移動し続けているお猿の逞しさには感心をする
群れに入る事をしない
孤高の猿よ、
恋愛もする事なく
ただ独り. . . .
君の安住の地は
永遠に見つける事は出来ないのだろうか. . . .
(苦楽園夙川沿いの風景)
火垂るの墓
昔は毎夏のようにTVで放映されていた映画
私は未だに途中からしか見た事がないので
今回は7年ぶりの放送となるので
この機会に最初からきちんと観たいと思っている
父は、この映画を以前1回観て
悲しみのトラウマとなってしまい
もう2度と観れないそうだ
そんな父も戦時中(終戦の2年前)に
生まれた人間であり
この時の人々は皆生き延びる事に必死で
なりふり構わずの状態であり
生き延びる確率が高い人間は優先され
生存率が低い赤ちゃんや幼児は
二の次となってしまっていた
父は4人兄妹の末っ子で
ハイハイをしている赤ちゃんであり
相当にお腹を空かせていたのでしょう
疎開先である邸宅に身を寄せていた時
お隣りの部屋で
邸宅の主が飼うお猫様のねこマンマに気付いた父は
空腹に耐えかねて
必死にハイハイをして
食べていた所を
1番上の姉が目撃をした、という話を聞いた
またある日、父は赤痢に感染してしまい
祖母は父を抱き抱え、医院に駆け込んだが
門前払いをされてしまい
それを聞いた祖父は
一升瓶のお酒を医師に渡した事で
* 戦時中、お金よりも物に価値があり
祖父はお酒を飲まない人なのだが、
一升瓶のお酒と引き換えに
薬を貰う事が出来て
父は命を取りとめる事が出来たのである
父も赤ちゃんの時に
命を落としていたかも知れなかったのだが
祖父が困った時の切り札の一つとして
持っていた一升瓶のお酒により
生き延びる事が出来て
命が繋がり
今、私がこの世に生まれる事が出来たのも
感謝でしかならない. . . .
話は戻るが、
この火垂るの墓の舞台は
兵庫県西宮市苦楽園口の近くであり
清太と節子が横穴壕で生活していた場所はニテコ池
堤防は、今は桜の名所となっている夙川沿いであり
5月中旬から6月まで
ゲンジホタルが飛び交う場所でもある
私はこの苦楽園に住んでいた. . . .
私にとっても苦と楽とそして哀しみが
混在した園となってしまったが
でも、、、
苦楽園はとても美しく綺麗な街であり
夙川沿いも
川のせせらぎを聞きながらの散策が
楽しいエリアであった
今では超高級住宅街
著名人や有名企業の会長などが住む
関西随一の" 六麓荘 "(ろくろくそう) にも近く
松濤とは比べものにならない
広い敷地に
あらゆる贅を尽くし
装飾が施された豪邸が沢山あるのだが、、、
でも、僅か80年前までは、全く違う世界
景色がそこにはあったわけで、、、、
戦争は愚かな行為だ
権力者の欲の為に戦争が勃発し
戦う兵士達は
お国の為
そして愛する者を守る為に
命を掛けて戦地に向かった. . . .
戦争を知らない私達は
火垂るの墓を観て
今一度、僅か80年前までは
こんな悲しい世界であった事. . . .
そして実話の妹はもっと哀しく. . . .
火垂るの墓とは違うけれども
戦時中の殺伐とした空気に満ちた汽車の中
赤ん坊の泣き声がより他の乗客達を
苛立たせ、殺気立たせ、
母親はその無言の圧に耐えきれず
赤子が声を出せないように
口元を押さえていたら
窒息させて死なせてしまった、という
悲しい話も聞いた事があります. . . .
爆撃
自決
そして戦いにて命を落とした
先人達の悲劇は
ほんの80年前の出来事であり
過去の出来事として
風化させてしまっては
いけないのである. . . .
*↓( 六麓荘の紹介 )
こちらは城塞のような造りで
6体の像が
まるで守護神であるかのようですね
私には、もう1人兄がいる筈であった
母は初めての妊娠で流産をしてしまった
悲しみを乗り越えて、その後 兄が生まれ
(第二子の兄も" 流産したのでは!!"という
深刻な事態に陥ったが
兄はしっかりと母の胎内にしがみつき
そして奇跡の誕生となった)
そして翌年、想定外、
妊娠したのが謎で分からないとまで言われた、
私が生まれた、笑
チビりな だった私は
祖父の熱心な歩行訓練の成果の故、健脚となり( 笑 )
デパートに連れて行けば
ほんの僅か目を離した隙に
すぐにいなくなり
遠く離れた所で
チョロチョロしている所を
店員さんに迷子として捕獲され
アナウンスにて
母が引き取りに行くというパターンで
母は、私に" チョロ子 "という
若干不名誉な称号を授けたのである
そんな チョロ子 も 兄 も 母 も
寝静まったある日の深夜
母はふと何かの気配を感じ、ふっと目が覚めた
窓辺の横にはベッドがあり
そこにはチョロ子が寝ている
だけれども
就寝前にきちっと閉じた筈の緑色のカーテンが
少し開いており
月明かりがさすその隙間に
チョロ子が立っていたのである
" またこんな深夜にチョロ子は起き出して
一体何をしているのだろう " と思ったのだが
それは違った. . . .
チョロ子はベッドでスヤスヤと寝ているのである
チョロ子と同じ位の幼児は
青いベビースーツを着ており
母が第一子に着せようと買っておいた
ファミリアの可愛いベビースーツそのものであり
顔は影になってはっきりとは見えなかったのだが
" ハッ!"と思った瞬間
同時に" 怖い!!"と感じてしまい
反射的に顔を反対側に向けてしまったのである
いや、、、でも、気になる、、、
あの子はもしかして、私の子. . . .
意を決して
ゆっくりともう一度窓の方に顔を向けると
少し開かれた緑のカーテンが風もないのに
ゆらゆらと静かに揺れているだけであった
母はこの出来事を父にも誰にも話しておらず
成長した チョロ子 にだけ話してくれた. . . .
生を受けても
この世に生まれ出る事が出来なかった命が
母に逢いに来た事
そして自分が着るべき服であった
ベビースーツをちゃんと着てた事
そしてチョロ子と同じ位に成長してた事
たった1回だけ
たった1回だけ
母に逢いに来た事が
それが何とも
とても切なく感じる
きっとその兄も
第二子となった兄と同じく
とても優しい性格であったろう
母を一瞬でも怖がらせてしまった事を
もしかして後悔してしまったのだろうか?
でも、そうではないんだよ. . . .
母は初めての事でついよく分からず
一瞬だけそう感じてしまっただけで
もうそんな事は気にせずに
また母に逢いに来てほしい
逢いたい時にいつでも母に逢いに来てほしい
そして、お兄ちゃん. . . .
お兄ちゃんが生きれなかった分
私がお兄ちゃんの分までしっかりと生き切るから、、、
精一杯に生きるから、、、
そんな頑張っている妹を、、、
しっかりと見ていてね. . . .
人は何がしかの " 天命 "を持って
生まれてきているのだと思う
それに気付かせてくれるのが " 宿命 "
この世に生まれてきた意味を知る手掛かりであり
" 運命 "とは
天命を全うする為に
自分で切り拓いていく道のりなのだと思う. . . .
新潟県小千谷市片貝の花火は
日本で最初の大型三尺玉の
花火を上げた事で有名である
現在は世界最大の四尺玉の花火も上げている
この日本最大の最初の三尺玉の花火は
1891年(明治24年)
代々" 佐平治 "を襲名している、
佐藤佐平治がスポンサーとなってあげた花火であり
私の父方の祖父の実家である
(祖父は次男であった為、婿養子となり齋藤となった)
越後で有名な酒蔵を営んでいた佐藤佐平治は
江戸中期、天明3(1783)年の大飢饉
そして天保7(1836)年の大飢饉で
飢餓で苦しむ村民達に食糧を施し
家業の酒蔵が潰れそうになるまで私財を投げ打ち
人々を救済した人物である
村民達は感謝の気持ちを込めて
鳥居と石碑を建て
現在でも毎年祭りを開き
そして片貝の花火は
飢饉から救済してくれた佐藤佐平治への
感謝も込めてあげられているそうである
佐藤佐平治の血筋は
(祖父の兄には)男子が生まれず女系となってしまった
次男であった祖父には
私の父含めて男子が2人生まれた
更に男子の孫は、私の兄といとこの2人だけである
佐藤家には、代々伝わる身体的特徴がある
それは薄いアザである
男性と女性の遺伝子は
男性はXY染色体、女性はXX染色体を持ち
父親から遺伝するのはY染色体で
父からの遺伝子が受け継がれるのは
男子のみであるのだが
不思議な事に
私にはアザがある
兄にはないのに、何故か私にアザが出たのである
母の家系にアザは一切なく
アザの出る理由が見つからないのである
私は幼少期、祖父にべったりで
祖父は、今まで仕事で忙しくて自分の子供達と
ゆっくりと時間を過ごしてこなかった分
私と一緒に過ごす時間をとても大切にしてくれた
私が初めて歩いた時も
傍で見守ってくれた
外での歩きの訓練も祖父が見守ってくれた
そんな祖父は
" 今日は利奈ちゃん、
家の前から電柱まで歩いたんですよ "
と母に嬉しそうに話していた事、
私は、いつも祖父とお昼寝
午後は応接間の長ソファで寄り添い、
祖父の胸が呼吸で上下する度に
頭を乗せた私も上下に動きながら
祖父の呼吸を感じながら寝ていた事、
まだ暗い早朝に一緒にお散歩、
海岸まで日の出を見に行く途中
見上げた夜空の瞬く星や宇宙についての天文学の話
宿題でつまづけば
東京帝国大卒の祖父は数学に強かったので
代わりに解いて詳しく教えてくれたり
片貝の花火の事も幾度となく
" 三尺玉は凄く大きくて、
打ち上げると直径約550メートルにもなるんだよ "
と話してくれたり
私は祖父にとても可愛がってもらっていました
祖父はとても質素に暮らした人で
先祖の佐平治の言葉を
何処かで目にした事があるのだけれども
確か、、、
" お金は自分が喜ぶ為(贅沢)に使うのではなく
困っている人の為に使う事で
本当の意味を成す "
みたいな言葉を残していたのだが
祖父もその言葉の通り生きた人である
私は、そんな祖父と祖先を尊敬しており、誇りに思う
そして、私のアザ. . . .
私の心臓を包むかのように薄く広がるそのアザは
佐藤佐平治の血が
少しでも流れているのではないか、と嬉しくも思う
佐藤佐平治が奉納した最初の三尺玉の花火は
" 作物が無事に実り、人々が飢饉にさらされず
みなが心豊かに生きていけますように. . . . "
と、きっとそんな願いを込めて
打ち上げたのだと思います. . . .
片貝の花火は、今年9月12日、13日の2日間
19時30分〜22時20分
2日間で15,000発の花火が打ち上げられます
私は一生観る事は出来ないだろうけれども
祖父が観た三尺玉の花火
祖父目線の片貝の花火の情景は
そっとこれからも私の胸に
大事にしまい続けていこうと思います
世間では
待ちに待ったお盆休みが始まった
熱海、伊東方面に行く道は
他府県ナンバーの車で大渋滞である
行楽の雰囲気に満ち満ちている世間を尻目に
今日も変わらず、私こと、しもべ は
1年365日、優雅で麗しいお猫様達の
御世話に勤しませて頂いている
そんな出掛ける事、
いや、もとい、
たまの外出許可がおりたとしても
1時間以上の外出は許されない しもべ には
お盆、年末年始に、ささやかな楽しみ、
いや、一大イベントがあるのだ
それは. . . .
食べたい物を一つ、
健康云々のうんちくを一切無視して
心おきなく食べる事である
今年のお盆休み、しもべ の選んだ食べ物は
肉まん、である、笑
しかも、それは紀文の肉まん、3個1パックだ
しもべ は、本当は肉まんでなく、あんまん が大好きだ
神戸に住んでいた時
無性に紀文の あんまん が食べたくなり
関西スーパー や いかりスーパー等
母をたずねて三千里のマルコの如く
足を擦り減らしながら
探しに探し歩き
涙ながらに
最後の手段として紀文にまで電話をしたのである
そして衝撃の事実を
カスタマーセンターの
お姉さんから知らされるのである
それは、、、
関西には紀文の商品自体がない、という事を。
な、なんどすて?
この衝撃の事実に
紀文の あんまん への
愛しさと恋しさと切なさは
もはや募る一方で
神奈川に戻った時
紀文の あんまん を買えた時の嬉しさは
心にしみじみとくる感慨深い喜びがあった
が、しかし、紀文のお膝元関東でも
真夏はあまり、あんまん が売られていない
しもべ が利用する近所のスーパーには、ない。
だが、しかし。
しもべ は秋、冬、春はあんまん一択だが
真夏は、肉まんに鞍替えをする薄情な奴だ
そんな しもべ は
昨日紀文の肉まんを入手し
しかも一気に2個も食べたのである
食べたい物を
何も考えずに食べるという解放感はたまらない
これが しもべ の
毎年恒例の一大イベント
お盆の過ごし方なのであるが、、、
ラスト1個の肉まんは
先程、ランチに食べてしまい
しもべ のお盆は、これで終了となったのである
儚いものである. . . . 笑
かかりつけの動物病院の待合室にて
御夫婦が連れて来られたお猫様が
やたら不機嫌そうであった
"なんでやねん
爪切りは、嫌やゆうとるやろ
何で病院にこなあかんねん
僕に一指足りとも、触れさせへんで "
とでも言ってるかのように
イケイケのオラオラのお猫様であった
名前が呼ばれ、御夫婦はキャリーケースを抱え
診察室に入っていった
キャリーケースから出されたイケイケのオラオラ君は
反抗の唸り声をあげ
戦闘モードは、もはや200%であった
待合室も
この戦闘モード200%のお猫様の様子に
しーんと静まり返り
この後に訪れるであろう、
阿鼻叫喚の地獄絵図を
みな固唾をゴクリと呑んで行末を見守った
数秒後、パチン、パチン、軽快でリズミカルに
爪を切る音が聞こえてきた
何とイケイケのオラオラ君は
一声も鳴きもせず、されるがまま大人しく
爪を切ってもらっているのである
よその病院だったら
電話で" 爪切りをお願い出来ますか?" と聞いて
にべもなくお断りされるか
もしくは全身麻酔で
爪切り&トリミングコースになっていたであろうが
先生は、イケイケのオラオラ君の爪を
難なく切っているのである
猫は獣医をよく見ている
猫は瞬時に
この人なら自分を任せられるかどうか、を判断する
診察室から出てきたオラオラ君は
" あ〜えぇ先生やったなぁ〜
あの先生やったら
爪切りされてもえぇなぁ〜 "
とでも思ってるかのような?顔をしてました、笑
オラオラ君、良い先生に出逢えて良かったね
でも、御夫婦に甘え過ぎて
あんまり我を通し過ぎるのは
少し改めないといけないかもね
だって君は御夫婦にとって
かけがえのない存在、宝物なんだから. . . .ね
そんなある日の動物病院の様子を書いてみました
毎日可愛がっているバーベナの横に
百合の花が咲いた
咲き誇っているバーベナに
呼び寄せられたかのように百合が咲いた
恵まれた環境ではない場所に
まるでド根性大根のように
アスファルトの僅かな隙間に根をおろした、
凛と咲き誇る1本の百合
来年の夏は
沢山の百合があちこちに咲くのかな
また一つ
未来に楽しみが増えました
今回は、私の好きな動画を紹介
昭和50年代の子供の頃の夏の思い出を
ギュッと凝縮したような作品
日本の夏を紹介しているようでいて
真面目に紹介していない
ユーモアを折り混ぜた
ツッコミ所満載な動画です
え?
寿司パーティー?
私も、もちろん、握りましたよ?
具とシャリを合わせて
握り、に、、握ります、笑
8月4日
庭で1匹だけ秋の虫が鳴き始めた
でも全然上手に鳴けてなくて
しかも、すぐに鳴き止んでしまった
生まれて初めて鳴いたんだろうね
上手に鳴けるようになるまで
これから毎日
その成長の変化を聴くのが楽しみである
昼間はまだまだ暑いけれども
でも季節は
そっと静かに秋に移行していってるんだね
ほんの一瞬しか出会わなかった人だけれども
ずっと心に残り続けている人っていますか?
私には沢山いますが
その中の1人のエピソードをお話し致します
私が神戸に住んでいた時
大阪の梅田から阪急電車に乗り込んだ時の事
次の停車駅 中津 にて
スーツを着た高齢の男性が乗車してきました
私は座席に座っていましたが、立ち上がり
少し離れて立っている男性の前まで歩いて行き
" 宜しければ、あちらにお掛け下さい "と
声を掛けてみた
男性は
" いや、いや、次の駅ですぐ降りるので
お気になさらないで下さい
ありがとうございます"と言うと同時に
頭に被っていた黒い帽子をサッと取り
胸の前にあてて、とても丁寧にお辞儀をしてくれたのです
その身のこなしのエレガントさと
初めてそのようにお辞儀をされた事の驚き
そして柔らかで優しいその男性の笑顔が
とても印象的でした. . . .
あれから15年近く月日が経っているのだけれども
その方が今まで生きてきた人生を
物語っているようなエレガントさと
優しい笑顔
あの時、ほんの一瞬でも
接点を持てれた事は嬉しく
そして今でも
私の脳裏に深く焼きついているのである
何気ない日常生活の中
時々、素敵なプレゼントを手にする
それは自分に見せてくれた優しい笑顔. . . .
その笑顔は
いつまでも忘れる事が出来ず
そしていつまでも
私の心を温め続けてくれているのである
私が中学2年だった時
試験勉強の為
夜遅くまでリビングで勉強をしていた
気付けば、朝4時過ぎ
もう寝なければ、と
一旦、リビングの絨毯の上に体を横たえた
背筋がすっと伸びる心地良さに
ふぅ〜と息を吐きながら、目を閉じた
電気は点けたままなので
煌々と光る電球が目を閉じても、やや眩しい. . .
すると手足が急に痺れた感覚になり
身動きが出来なくなった
" これは何!? " と思っていると
玄関からリビングに通じる廊下を
こちらに向かって
誰かが歩いてくる足音が聞こえてきた!
" 何で足音がするの?!
まだ新築したばかりの家で
廊下は幾ら歩いても
鳴るような廊下じゃないのに!"
足音は、ゆっくり、ゆっくり
一歩一歩踏みしめながら近づいてくる
足音は、廊下とリビングの境界線まできた
私は、ちょうどその境界線の前で寝ている
" え!?どうなるの!?"
足音は境界線まで来ると消えた
リビングに入ってきたのか
入ってこなかったのか、分からない
"あぁ、何もなくて良かった. . ."
手足の痺れが解け
そのまま眠りに就いてしまった
朝、2階から降りて来た母に
初めて経験した不可思議な出来事を話すと
"そうなのね. . . .今日はね、
私の父の命日なの
きっと会いに来てくれたのね. . . .
私は父が亡くなった時、家に居たの
部屋に居て、微かに嗅いだ事のない匂いが漂ってきたの
その匂いの元を辿ったわ
匂いはね、お風呂場から匂っていたの
何だろう?と思ったわ
その後、父の訃報を知り、病院に行ったわ
驚いた事に、父の体の匂いは
あのお風呂場で嗅いだのと
同じ匂いだったの
父はね、すごくお風呂好きでね. . . .
きっと. . . .
お風呂に入りに来たのね "
そう話してくれた
母は、元々匂いに敏感な人であったが
以降、匂いによる、知らせ、予兆みたいなのを
感じ取れるようになってしまった事を
娘の私にだけ打ち明けてくれた
私は、母から祖父の話を幾つか聞かされている
母は3姉妹の末っ子
祖父は子供好きで
3姉妹をとても可愛がっていたらしく
ある日、物静かな気質であった母が
" 猫を飼いたい "と言うと
近所の料亭から
祖父が真っ白な可愛い子猫を貰ってきた
子供ながらの自分も
" いいなぁ、私も猫が大好きだから
祖父が生きていたら
真っ白な猫ちゃんを貰ってきてくれたりしたのかなぁ
祖父が生きていてくれたらなぁ "
と何度思った事か、笑
そして翌年の3月
私は早朝型なので
基本的に夜更かしをして勉強をする事はないのだが
その日はリビングでまた
明け方まで勉強をしていたのである
すると、玄関からまた足音が. . . . .
ミシ、、、ミシ、、、ミシ、、、
ゆっくりとこちらに向かって来る
あの時と一緒だ
でも、全然怖くない
足音は廊下とリビングとの境界線で消えた
朝、起きてきた母に
" また足音が聞こえたよ"と言うと
" 利奈、敢えて言ってなかったけれど
今日は祖父の命日なのよ
今年も会いに来てくれたのね. . . ."
母がそう言った
祖父は命日になると
母や母の姉2人の様子を見に
一軒、一軒、巡っているのであろうか?
私は、これを最後に祖父の足音を聞く事はなくなった
もう安心しているのかな. . . .
それとも、私が気付かないだけで
毎年、母に会いに来てくれているのかな. . . .
祖父の写真を見た事がないので、顔も分からない
分からないけれども
あの足音を聞いていた時に感じた事は
顔がぼんやりながら脳裏に浮かび
細身でスラッとした体型であるのが分かった
祖父に逢えたのか、逢えてないのか
分からないけれども
気配を感じ取れた事だけでも嬉しく
祖父が祖母と一緒に
天国からニコニコしながら
母の事を今も見守り続けている、
そう感じるのである. . . .
人生は引き返せないone way ロード
どこまで続くか分からない
片道切符を握りしめ
ただひたすら前に進み続ける
1秒が過ぎて過去となる
戻る事は許されない
どんな些細なことでも
自分に出来る事は全力でやり切りたい
それは. . . .
悔いなく生きたいからである
スウェーデンの私の好きなアーティスト
" No Regret "
良い曲です
(歌詞の内容は違います)
人生の師としても
とても尊敬している大先輩、
(ショップ経営兼ブリーダー&トリマーでもある方)
から御中元を頂いた
御品はチョコである
大先輩は、ある日の夜、私がチョコだけで
御夕飯を済ませた、という話を聞いて
昨年の御歳暮に
フランスの有名なショコラティエが作った
高価なショコラを贈って下さったのだが
私は何と!一口サイズのチョコ6個を
2日でペロリと食べてしまったのである
" 先輩、私、とっても美味しくて、2日で全部食べてしまいました "
大先輩は、それをしっかりと覚えていた
今回の御中元もチョコであった
しかも神戸の有名なチョコで
私も神戸在住時
ギフトで何回か買った事のあるチョコである
箱を開けてみると
カラフルで小さな茶巾包みのラップがぎっしり
可愛い
小さな茶巾包みのラップの中には
これまた小さな小さなリーフ型の
味の違うチョコが7粒入っており
一粒ずつゆっくりと味わうので
食べるのに時間がかかるのである
だから. . . .全然減らないのである、笑
大先輩に御礼の電話を入れると、大先輩は言った
" 今回のは、すぐに食べ切らないからいいでしょ? "
大先輩、さすがです。
仰る通り、すぐに完食が出来ません!
まるで、ドカ食いをする ぽっちゃり猫のように
少ししか出てこない自動給餌器で
食事をしているような気持ちです、笑
大先輩は猫の体調管理も素晴らしいが
後輩のチョコの食べ方の特性を捉え
ブリーダーならではの品選び、
目線が違うと思いました
でもね、、、
やっぱり一口サイズのチョコをリスのように頬張って
ガリガリと噛んで食べたいです、笑
ちなみに、色んな味のリーフチョコは
ダーク、ミルク、クランベリー、キャラメル、抹茶 等
どれも味わい深く
中でも私の1番のお気に入りはモカです
小さいチョコでありながら
その味は愛され続けている実力派
口に入れると、舌の上で滑らかに溶け
" 美味しい♡ "
と感動します
高価なチョコと言えば
私はベルギーのノイハウスのチョコがお気に入りだが
大先輩から頂いたこのチョコも
本当にうっとりする程、美味しいのである
この会社は神戸の岡本にあり
在住時、岡本も生活圏内でよく車で通り
おじいちゃんが作る最高の食パンを買いに行ったりもした
懐かしい記憶が蘇り
カラフルなチョコが
ぎっしりと詰まったこの箱のように
楽しかった想い出がたくさん詰まった神戸に
また行きたいと思わせてくれたチョコでありました
先輩. . . .
美味しくて素敵なチョコをありがとうございました
毎回炊き立ての御飯が食べたくて
0.5合〜1合炊きの炊飯器を買った
価格は. . . .とても安い
そして、しょっぱなから
スイッチが入らない厳しい洗礼を受けた
10回位カチカチ押してやっとスイッチが入り
10分後、無事に炊けた
" 美味しい "
次の日、スイッチは意外にも素直に1回で入った
" あら?ちゃんと入るのね "
ホッとしたのも束の間、約5分後
スイッチが自動的に切れ、炊飯終了。
" あれ?早過ぎるよね?"
蓋を開けてみたら、やっぱり炊けていなかった
" 仕方ない "
もう一度スイッチを押したら、無事に炊けた
以来、私は炊飯器が " 炊けたよ〜"と言ってきても
"またまたぁ〜。本当に炊けたのぉ〜?"と
疑うようになった
しかし、10分でも何か作業をしていると
数分にしか感じない時が多々あり
真面目に仕事をした炊飯器を
疑ったりする私もいけないので、50/50なのだが
口コミでは数ヶ月で壊れるらしく
短いであろうこの炊飯器とのお付き合いを
最後まで楽しもうと思っている
スマホでタイマーセットはせず
取り敢えず真面目に
仕事をするであろう炊飯器を信じるのである、笑
カチッ! " 炊けたよ〜"
"またぁ〜。本当に炊けたのぉ〜?"
疑いながら、蓋を開ける
ふわぁ〜と蒸気が上がり
艶々に白米が炊き上がっている
思わず にっこり
些細な事だけれども
なかなか楽しい日常となってしまった
今朝、セミ達が賑やかに鳴き始めた
夏が来たなぁ、と思う
晩秋生まれの私にとって
一年の中で苦手とする季節ではあるけれども
でも夏の賑やかな感じと
セミの大合唱を聞くのは大好きだ
滅多に聞く事は出来ないけれども
夕暮れ時に聞く ひぐらし の声は格別だ
しかし、ひぐらしの声は何故あんなにも
郷愁を誘うのだろうか?
物心ついた時から
子供なのに
郷愁を感じてしまうのだから
不思議なものだ、笑
小田原には最乗寺という
天狗由来の不思議なお寺がある
夕暮れ時、奥の院で聞いた
ひぐらしの声は声量があり
素晴らしいものだった
このお寺は散策をするにも景色が美しく
せせらぎもあり、夏は涼しく
心までも澄み渡る感じで素敵な場所
夕暮れ時
行けばまた美しい ひぐらしの声に出会えるのかな. . . .
東京ばあちゃん
母方の祖母をそう呼んでいた
浅草橋駅 真横にある
外観が特徴的な縦長ビルに住んでいた
祖父は母が19歳の時に他界していた
母は3姉妹の末っ子
当時は今と違い、嫁に入る事、
嫁に入ったからには
主人の御両親様第一
という考えがとても強くありました
祖母は末娘の母がお嫁に出た後
やはり寂しかったのであろう
末娘が嫁いだ小田原に引っ越してきた
父が運転する車で祖母の住む家に行った
車で10分程の距離
小学2年になった私は
車窓から行き道を記憶し
友達を誘って
放課後、自転車で祖母に会いに行った
迷わずに到着
でも、もう冬の夕暮れ時
辺りがうっすらと陰り始めていた
自転車を門扉の前に置き
呼び鈴を鳴らす
中から東京ばあちゃんが出て来て
びっくりした顔をした
" どうやって来たの?
お母さんは?"
と聞かれ
" 東京ばあちゃんに会いたくて、御友達と来たの "
そう言うと
東京ばあちゃんは
ほろりと涙を流した
子供であった私は、どうしたら良いか分からずに
突然の涙に困ってしまった
東京ばあちゃんは
流れる涙を見られないように
下を向きながら着物の袖で涙を拭っていた
“ 来てくれて、ありがとう. . . .
でも、もう夕暮れ時よ
このまま早くお帰りなさい
次回からは、自分だけで来てはダメよ "
そう言われて
家に上がる事もなく、そのまま帰る事になった
子供の時には分からなかったけれども
祖母はとても寂しかったのであろう
娘達は嫁に嫁ぎ
義理の両親を大切にしなければならず
お里帰りもままならずにいた
私の前で流した涙は
どんなにか寂しい思いをしていた祖母の気持ちが
今となっては、痛い程にひしひしと伝わってくる
祖母は、それから程なくして
体調を崩し、帰らぬ人となってしまった
これから祖母との想い出を
たくさん作っていきたかったのに. . . .
私の僅かな記憶の中にある祖母は
いつだって優しく
笑顔でいる
でも
あの涙は
今でも
祖母の心中を感じる涙は
忘れられない. . . .
猫と共に暮らしていると
不思議な体験をする事がある
そして猫の中には" 魔法 "を使える子がいる
魔法を使える子は
極少数だけれども
その力は凄い
心から愛情を注いで育てていると
しもべが困った時
あり得ない奇跡のような事が起きる
最初は奇跡だと思う
でもそれが何回か続くと
" もしかして、この子が!? "と気付く
でも. . .
魔法を使った分だけ
その子の命は短くなる
猫は古代エジプトから
神の使いとして崇められており
科学では説明のつかない
神秘性を秘めた生き物なのかも知れない
ママのお腹に宿った小さな命
ママのお腹の中で
日毎に大きくなっていく
臨月近く
安産と
五体満足無事に生まれる事を願いながら
ママの身体を優しく撫でていると
ピョコン!
ママの脇腹辺り
赤ちゃんが足を蹴ったみたい
元気な赤ちゃんね
数日後
出産が始まった
1匹ずつ取り上げ
産湯に入れて
タオルで優しく乾かす
その中の1匹が
やたらに足を元気に動かす子がいた
" あぁ、この子がママのお腹を蹴っていた子ね "
愛おしく感じる
赤ちゃん達は
ママのおっぱいを夢中になって飲んで
少しずつ成長していく
そして離乳訓練が始まる
別名" お食い初めの日 "
小さなお口の中に、ウェットフードをそっと入れる
上手に食べれる子もいれば
飲み込まずに出してしまう子もいる
毎日、朝夕練習
ちょっとずつ食べるのが上手になっていく
おぼつかない足で歩き回るようになる
おトイレを自分で出来るようになる
そうなってくると
もうやんちゃ盛り
兄妹と戯れ、走り回り、
昨日出来なかった事が
今日は出来るようになる
お腹に宿った小さな命から
この世に生まれ
成長し
幸せになる事を願いながら
巣立たせる
卒業の日は
これからこの子が歩む幸せな未来と
運命のパートナー様との素敵な出逢いを願い
巣立っていく寂しさもあるけれども
ママのお腹に居た時の事
産湯の時、一生懸命に鳴いた時の事
その瞬間はいつだって
とてもプレシャスで
心に刻むようにしている. . . .
初夏の陽気に誘われて
近くの海岸まで散歩に出掛ける事にした
シンプルに一本道で徒歩3分で行けるのだが
少々遠回りをして
子供の頃友達とよく遊んでいた路地裏を通って
懐かしさを感じながら海岸まで行く事にした
子供の時には、広く感じた道は狭く
高く感じた塀は低く
大人になった自分とは景色が違った
古びた家がみっちりと建ち並でいた路地も
いつの間にか洋風の小洒落た家々が軒を連ねていた
懐かしさと時を経て
移り変わった寂しさを感じながら歩いていると
突然
大砲を打ち込まれたかのような衝撃が全身に走った
同時に
「 本当は猫になんか生まれ変わりたくなかったんだ 」
そんな言葉が脳内に響いてきた
え!?
辺りを見回す
誰も. . . いない. . . .
いない?
よく見ると古びた屋根瓦の上に
丸々と肥えた茶トラの猫が目を細めながら
私を見つめていた
ボス猫のような風格
悟りきったようなその瞳は
酸いも甘いも経験してきた
長老のような威厳さも兼ね備えていた
茶トラの猫は更に喋り続けた
「人間だから次も生まれ変わったら
また人間になるとは限らない
鳥になるかも知れない
昆虫になるかも知れない
植物になるかも知れない
私は野良猫として生まれ変わってしまった
自由気ままに束縛も
しがらみもなく生きれるが
寂しさとはいつも背中合わせさ 」
茶トラの猫はそう言うと
物憂げに瞳をゆっくりと閉じた
やや気難し気で
悟りきったその表情のままに
瞳を閉じたまま動かずにいた
静寂な時間が流れた
赤い車が一台
狭い路地をこちらに向かって
ゆっくりと徐行しながら進入してきた
端に寄り、車が通り過ぎるのを待った
赤い車は、ワックスで綺麗に磨かれて光り輝き
持ち主による手入れの良さを感じさせた
リアスタイルの
やや変わった形のテールランプに目が止まり
走り去るまで数秒眺めていた
再び視線を屋根瓦に戻した
茶トラの猫はもういなかった
車が来た事で、去ってしまったのであろうか
あの茶トラが話しかけてきた事は、現実なのか?
すると、何処からかまた声が聞こえて来た
「ある願い事をした場合はな、
人間に生まれ変われる予定であっても
引き換えに
人間以外の生き物に生まれ変わってしまうのさ
" 愛する人にまた会いたい "
そうお願いをすると、また会える
だが、どう会えるかは分からない
愛する人が愛でる植物かも知れないし
愛する人が飼うペットになるかも知れない
自分である事には気付かれず
ただ静かに
その人の傍にいられるだけなのだけどな
だが、もし. . . .
気付いてもらえたら
それはラッキーだな "
周囲を見回した
ブロック塀に茶トラの猫が座っていた
私の顔を暫くじっと見つめた後
茶トラは屋根瓦の敷地の庭へと降りて行ってしまった
少し. . .陽射しが眩しい
波の音がわずかに聞こえる
海までは近い
だけど今日は、海まで行くのはやめて家に帰ろう
春の朝
太陽が昇り始める頃
色んな小鳥達が
春の訪れを喜んでいるかのように
さえずりはじめる
草木は新芽を付け
緑がどんどん増していき
道端に咲く花達も
カラフルな花を咲かせて
眺める私に微笑みをくれる
何処からか
甘い花の香りが
柔らかな風に乗って香ってくる
冬の終わり
春の訪れ
自然に優しく抱かれる
この季節は
みんなも笑顔になれる
素敵な季節だね
働くという事で
一番大切なのは
誰かを笑顔にさせる事だと思っている
でもね、そんな事を言うと
" 何言ってるの。お金を得る為に働くのでしょ "
と言われてしまう
もちろん、自分が生きて行く為
大切な人や家族の為のお金を得るのは大事
でも、、、
自分に出来る事を一生懸命にやって
それで誰かを笑顔にしようと思って働く事って
とても大事だと思うんだ
どんな仕事でもそう。
コンビニのレジだって、同じ。
温かい笑顔を見せる事が出来るなら
辛い事があって
暗くなってた相手の心を明るくさせる事だって出来る
物流の倉庫で、パッキングの仕事も同じ。
箱を受け取って
ワクワクしながら開ける相手の事を想いながら
パッキングをする
どんな仕事でも
誰かが笑顔になる事を想いながら
仕事をする
働くという事は" 社会貢献 "であり
誰かのお役に立つ事だと、私はずっと思い続けている
今、自分に出来る事を一生懸命にやる
だけど、現実は色々と厳しい事情が出てくる
泣き言や弱音を吐いてしまう時がある
一緒懸命やりつつも
後ろ向きな事ばかり考えている自分がいたりする
夕方から夜になると
そんな弱い自分になってしまう
でも、朝になると
朝陽を見ると
心の奥底から
ふつふつと元気パワーがみなぎってくる
私は日の出を見るのが凄く好き
幼少期から早起きだった私は
優しかった祖父とまだ星が瞬く蒼い夜空の下
海岸まで散歩に行って
いつも日が昇るのを2人で、じーっと眺めていた
あの時間は、今でも心の中に永遠で. . . .
そして今は、早朝、市場へ車を走らせる時
海沿いの道路から見る、日の出が好き
" 今日も、これからも、一生懸命にやっていこう "
燃ゆる真っ赤な太陽が
藍色の海面から昇り出すのを見ると
そんな前向きになれる自分を見つけられるんだ
" 世界に一つだけの花 "
2002年に発売された曲
あの時は
"良い歌詞で、良い曲だな"と思って聞いていた
あれから23年の月日が流れ
今、この曲を偶然耳にした
涙が溢れてきた
私は今50代に入り
やっと. . . .
色んな事に気付き始めてきた. . . .
何が大事で、大切か. . . .
私は. . . .優れた物は何一つ持ってない
でも. . . ." 生きる "という事には一生懸命だよ
どんなに打ちのめされても、、、
時間はかかっても、必ず立ち上がる
自分の弱さになんか負けない
色んな経験と、悲しみ、辛さを糧にして
やっと、土の中から
" 私 "という名の小さな芽が芽吹いた
ここから私の"人生の花 "は
何色のどんな花を咲かせるのだろう
人生の終盤に. . . .入ったからこその
私の人生の最終形の花を咲かせてみせる
私だけの花を. . . .
< 補記 >
私が感じ取るこの詩のメッセージは
" 客観的なNo.1になれなくとも
それで諦めて努力する事をやめないで。
貴方には貴方だけの素敵な個性がある
自分を誇らしく思うプライドを持って
自分の中でのNo.1を勝ち取る事
自分の中での1番を得ようとする事こそが
1番大事なんだよ"
と伝えているような感じがします。
自分の中で、何事もベストを尽くす
結果がどうであれ
ベストを尽くす事に意義があり
それが生きる意味の一つでもある、と
私はそう思っております。
" 世界に一つだけの花 "
槇原 敬之(作詞作曲)
No. 1にならなくてもいい
もともと特別な only one
花屋の店先に並んだ
いろんな花を見ていた
ひとそれぞれ好みはあるけど
どれもみんなきれいだね
この中で誰が一番だなんて
争うこともしないで
バケツの中誇らしげにしゃんと胸を張っている
それなのに僕ら人間はどうしてこうも比べたがる?
一人一人違うのにその中で一番になりたがる?
そうさ 僕らは
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに一生懸命になればいい
困ったように笑いながらずっと迷っている人がいる
頑張って咲いた花はどれも
きれいだから仕方ないね
やっと店から出てきたその人が抱えていた
色とりどりの花束と嬉しそうな横顔
名前も知らなかったけれど
あの日僕に笑顔をくれた
誰も気づかないような場所で咲いてた花のように
そうさ 僕らも
世界に一つだけの花
一人一人違う種をもつ
その花を咲かせることだけに一生懸命になればいい
小さい花や大きな花
一つとして同じものはないから
No. 1にならなくてもいい
もともと特別な only one
( by CHONG WANG チャンネル )
気付けば、紅い梅の花がたくさん咲いていた
梅は別名 春告草(はるつげぐさ)
春の花の中で一番最初に花を咲かせるのが梅の花
禅の教えに「梅開早春」という言葉がある
「梅、早春を開く」と読み
春が来たら梅が咲くのではなく
梅が咲くから、春が来ると考えられている
毎年、梅の花が咲くと
嬉しい気持ちでいっぱいになる
庭にある紅梅の木は
私が生まれるずっと昔からあり
私はこの梅の花を見ながら
一年、一年、成長していった
昔も今もずっと変わらない梅の花の美しさ
でも、眺める私の気持ちは、年を経て変わった
鈍色の空に向かって
眩しいくらい
くっきりとした赤い花を
たくさん咲かせるその姿は
とても力強く
そして美しい
そんな梅の花言葉は
「 高潔と忍耐 」
今日は冷たい風が吹き荒んでいる
どんなに寒くても
梅の花は
そんなの気にしない
その強さと艶やかな優美さは
私の人生の生き方の手本である
小学生の時
覚えさせられた詩
< 山のあなた >
山のあなたの 空遠く
「幸」住むと 人のいふ
噫われひとと 尋めゆきて
涙さしぐみ かへりきぬ
山のあなたに なほ遠く
「幸」住むと 人のいふ
*カール・ブッセ(上田敏訳)
ゴダイゴのガンダーラの歌詞も同じような感じで
切ない気持ちになります
< ガンダーラ >
そこに行けば どんな夢も かなうというよ
誰もみな 行きたがるが 遥かな世界
その国の名はガンダーラ
何処かにあるユートピア
どうしたら 行けるのだろう 教えて欲しい
In GandharaGandhara
They say it was in India
Gandhara Gandhara
愛の国ガンダーラ
生きることの 苦しみさえ 消えるというよ
旅立った人はいるが あまりにも遠い
自由なそのガンダーラ
素晴らしいユートピア
心の中に生きる 幻なのか
*ゴダイゴ 作詞:山上路夫
作曲:タケカワユキヒデ
争いのない、心美しき人達だけが住む
素敵なユートピア
そこには
沢山の愛と優しさと思いやりが溢れていて
誰もが笑顔で暮らしている世界
そんなユートピアに行きたいと思っても
その道なりは険しくなかなか辿り着く事が出来ない
でも、幸い住むと言われる国は
それは自分の心の中に築き上げるものであり
それは自分1人だけのユートピアかも知れないし、
愛する人と一緒に作りあげるユートピアかも知れないし
家族で築き上げるユートピアかも知れない
幸い住む国は
遠い何処かの彼方にあるのではなく
自分の心の中にあるのだと。
だから探してもたどり着く事は出来ない
それは自分で築き上げないと
存在しない国だから. . . .
そして
それは心の目でしか見れない世界であり
心の中でしか感じられない世界だから. . . .
猫は心を照らす存在
色んな性格の子がいるけれど
それぞれの個性がみんな愛おしく
信頼関係を築ける事
信頼してくれる事が
何よりも
本当に
本当に
嬉しく
そして愛おしい
「 夢の途中 」
80年代の曲に
"さよならは別れの言葉じゃなくて
再び逢うまでの遠い約束"
という歌詞があります
でも
さよなら、と言って
別れた事を経験した事がない
大好きだったあの人
恩師であった人
いつも笑い合って
キラキラした瞬間(とき)を共に過ごした友達
さよなら、という言葉もなく
あの時が最後だったのか、と
時が経ってから気付く
さよなら、は
悲しい言葉だ
フランス語では
もう2度と会わないであろう相手に使う
"さよなら" の adieu (アデュー)
と
"また会いましょう"という意味合いが入った
Au revoir(オ・ルヴォワール)
の2つがあります
もし
大切な人に
さよなら、を使う時がきたならば
" 遠い未来、またいつか
逢いましょう " という
約束の言葉として使いたい
人間は犬を従者とし
猫は人間を従者とする
不思議なお話
昔、ある人から聞いたリアルなお話です
彼は仕事の帰り道、山超えの道を運転しておりました。
その道は何回も通っている、よく知っている道で、
カセットを聞きながら、運転をしていたそうです. . . .
運転をしていると、右の方でオレンジ色の光が、
目の端にピカーっと光ったように見えました。
一瞬の事で、窓の外を見ても、月夜に照らされた
うっそうと繁る木々の木立しか見えませんでした。
と同時に、カセットテープの曲が突然止まり、
おかしいな、と思いつつも、
カーブの多い、下り道で、
スピードもそこそこ出していたので、
無音で車の運転をしておりました。
しばらく運転をしていると
違和感を感じ始めました。
普段なら、もう麓(ふもと)に下りている筈なのに
到着しない
" おかしいな. . . . "
運転をしていると
どうもさっきから同じような景色な気がする。
目の前の道路横に古びた小さな下りの階段がある。
" ここ?さっきも通ったよね?あれっ?? "
気付けば、スピードメーターも、時計も、
計器類が全て止まっている!
どうゆう事!?
心臓がバクバクしてきた。
カーブの続く道を慎重に慎重に運転をする。
するとまたもや、前方に
先程の古びた階段が見えてきた. . . .
まさか、、、と思いつつも
飲みかけの缶があったので
その階段の前に目印として置いてみる事にした。
これがまた出てきたら
俺は同じ道をぐるぐると回っている事になる
少し頭が混乱してきた状態で、車に戻り、
シートに身を埋め、右手でハンドルを握り、
クラッチを踏んで左手でシフトレバーを2速に入れ、
車を発進させた。
しばらく運転をしていると
前方に先程置いた缶が見えてきた。
"嘘だろ!?おいっっ!!"
思わず呟いた。
まじかよ
俺はずっと同じ道をぐるぐると回っているのか?!
そんな筈はない
いつもなら、もうとっくに麓に下りれているのに、
何で下りれないんだ!
半ばパニック状態で運転をする
また缶が前方に見えてきた。
"またかっ!! "
運転をする。
また缶が見えてきた。
遂にパニックになり、
" 一体どうなっているんだぁー!! "っと
叫んだ時、
右側で、またオレンジ色の光がピカーっと
光ったと思ったら、
カセットテープの曲が再び流れ始め
止まっていた時計も他の計器類も一斉に動き始めた。
そして程なくして、車はいつもの麓に到着し
無事に帰宅する事が出来たのだが、
あの延々とループし続ける運転は
何時間にも感じていたのに
謎のオレンジ色の発光があった間は
時が止まったままの状態で、
俺は. . . .
もしかしたら. . . .あの時
時空の狭間にでも迷い込んでしまったのだろうか?
また戻って来れたから良かったけれども
戻って来れなかったらと思うとゾッとする. . . .
と彼はそんな話をしてくれました. . . .
これは1980年代、前半の頃の出来事の話です. . . .
陽が落ちると
秋の虫が涼やかな声で一斉に鳴き始める
少しずつ. . . .夏の暑さが和らいでいく
季節が移り変わっていく小さな変化
夜明けの空気にふわりと漂う次の季節の香り
秋になったら
今年は
どんな思い出を作ろうか
バーベナ🌼🌸
2024年夏
今年は更に大きく
そして空高く枝を伸ばし成長しております
毎日、足を止めては
何回も眺めてしまう
生きる事を
心から謳歌しているその姿は
本当に眩しく美しい
今年はたくさんの
可愛い御友達にも会わせてくれて
ありがとう
生きていると、失うものがある
それは最愛の人であったり
大切な家族であったり
一生懸命に働いて得たお金であったり
そして、、、健康な身体であったり. . . .
失った人でしか分からない
深い深い悲しみがあるけれども. . . . .
でも、もし、この目で
青く晴れ渡った空を見る事が出来るならば
もし、この耳で
可愛くさえずる小鳥の声を聞く事が出来るならば
もし、この手で
愛しいものに触れる事が出来るならば
失ってないものだって、たくさんある
生きていれば
辛い事、悲しい事、いっぱいあるね
でもね、誰か1人でも
優しい言葉を掛けてくれる人がいるならば、
でも、もし. . . .
心の中を打ち明けられる人がいなくても. . . .
愛するペットや
毎日愛でている植物がいるならば
心の中の言葉で何でも話せる
だから
独りなんかじゃない
生きれる時間は. . . .
意外と短い . . .
長いようでいて
短いの. . . .
だから辛さと悲しみと葛藤する毎日は
もう終わりにしないといけない
どうしようもなく辛い事があってもね、
楽しいと思える事、必ず未来に起きるよ
その未来を信じて
今、自分に出来る事を
時間を忘れる程に、必死になってやってみて
どんな小さな事でもいい
誰かを笑顔にする為に
何かに打ち込んでほしい
生きる事はね、
全て自分の為なんかじゃないからね
誰かを笑顔にさせる事も生きる事なの
目が見えるなら、
手が動くなら、
歩けるなら、
何だって、何だって出来るのだから。
今、目の前に悲しんでいる人がいたら
優しい言葉をかけてあげて
それが出来るのは
悲しみをよく知っている貴方にしか
出来ない事だから. . . .
佳い人生を過ごせた、とそう思えるように、
自分に出来る事、やってみて
そうしたら、見える世界が変わってくる
生きる、生きれる、命の尊さに気付いて。
だからこそ、毎日を丁寧に、大切に、生きてほしい . . .
どんな些細な事で良い
誰か1人でも微笑ませる事
誰かを笑顔にさせる事が
出来たとしたら
今日は
どんなにか幸せな1日になるのだろう
みんな頑張って生きているんだもの
少しでも
笑顔になってほしい
バーベナ🌼🌸(2023年)
私道に咲いている花を毎日見ていた
その花の名前はバーベナ
小さな花びらをたくさんつける可愛い花
そんなバーベナが去年
何故か私道にひょっこりと生えてきた
何でこんな所にバーベナが?
細く華奢に伸びた茎は
アスファルトと壁の僅かな隙間の土に根を張り
黄色とピンクの可愛い花を咲かせた
"可愛いね" と通る度、毎日声を掛け愛でていた
両親もこのバーベナの写真を撮ったりして
成長を楽しんでいた
でも、ある日
この花が根本からばっさり切られてしまっていた
心ない誰かが切ったのだろう
痛々しくて、無惨で、可哀想で、私も父も胸を痛めた
でも今年、根本から切られた茎から青い芽が吹いた
また切られてしまわないように
父が "切らないでね" と札を作って掛けた
バーベナは去年より大きく成長し、見事に咲いた
毎朝見る度に "可愛いね" と声を掛けていた
でも、その私道に今度は業者の車が入り
半分がなぎ倒され
タイヤに踏まれ
見るも無惨な姿になってしまった
父は踏まれてしまわないように
紐で茎を壁側に支えてあげた
半分が踏み潰されて茶色く変色し枯れゆく姿に
また心痛めながらも毎日声を掛けていた
ある日、
"何とも思ってないわ"
不意に彼女が私に呟いた
切られても、踏まれても、
そんな酷い目に遭っても、
彼女は一切嘆き悲しんでいない
枝は以前にも増して
伸び、増え、より大きくなり、
可愛い花をたくさん咲かせた
"あなたは強いね、凄いね"
毎日通る度に声を掛けた
ある小雨の降る日
私は傘を差しながら、バーベナの前で立ち止まった
雨に濡れた小さな花びらが雨粒と戯れながら
地面に落ちていくのを眺めていると
彼女が私に語りかけてきた
" 貴方は私を強いと言ってくれるけれども、
私は強いわけじゃない。
ただ生きているのを楽しんでるだけ。
太陽の陽射しを浴び、青い空を眺め、
遊びに来るミツバチに花粉を与え、
私は生きているのを心から謳歌しているだけ、
ただそれだけなのよ。
私は酷い事をされても憎んだり、恨んだりしない。
私は、私が生きる事に全力で、
この命を全うするだけだから。
青い枝を張り、沢山の花を咲かせ、種を実らせ、
命を、そして子孫を紡いでいく
生きるのが辛いと思えば、
生きる事が無意味になり、
生きるのが楽しいと思えば、
生きる事が有意義なものになる
私はただ生きている事を
心から楽しんでいるだけ. . . .
それが. . . .
貴方が言う
生きる強さ
なのかも知れないわね "
一際沢山の花を咲かせている枝が
言葉を発していたかのように左右に大きく揺れていた
え?!
目をこすりもう一度眺めると
ただ雨に静かに濡れているだけの枝だった
何だ、見間違いだったのね
その時、柔らかな風がすっと私の頬をかすめた
その風は、バーベナの花びらを掬い
雨粒とワルツを踊らせるかのように優雅に舞わせ
そして濡れた地面にふわりと落ちていった
ある小雨の降る日
彼女がそっと私に語りかけてきてくれた
そんなお話
彼女は、今も強く、豪華に咲き誇っています. . . .
そんな彼女の美しい写真↓
愛らしい、小さなお花
花びらは黄色からピンクに色が変化する
(バーベナは、他にも色んな色があるけれども、
この色合わせが一番可愛い)
ピンクは私の一番好きな色
そして、今年はこんなにも大きくなりました↓
辛い事があっても、全く動じず、より力強く、
大きく咲き誇るその姿が素晴らしくて. . . .
たった一本のバーベナが、僅かな隙間に生え
決して環境の良い場所ではないのに
こんなにも大きく立派に生きています. .
私は、こんなに強く
大きな一本のバーベナを
今まで見た事がありません. . . .
誰かに
" ありがとう "
って言える人生
それはどんなに小さな優しさでも
自分を思いやってくれた気持ち
そう思ってもらえた自分って
本当に幸せだと思う
人生最後の日まで
私はどれだけの人達に
" ありがとう "
って言えるのかな
ギフト🎁
小学生の時は放課後の校庭で
友達と追っかけっこをしては
転んで、よく膝を擦りむいていたっけ。
ヒリヒリして、ちょっぴり痛かったけれども
数日もすれば、痛々しかった傷が
綺麗に治っていくのを見るのが嬉しかった. . . .
大人になって
派手に転んだ
人生という道で派手に転んだ
でも、転んで初めて見つけた物があった
転ばなければ見つけられなかった物があった
転んで、その痛みに泣いてばかりいちゃダメ
転んだ目の先には必ず
心を豊かにするギフトが落ちているから。
そのギフトを手にする為に転んだと思えば
痛みなんて、吹き飛んでしまう
人生は長いようで短い
私の師匠はこう言った
"笑っても人生、泣いても人生"
必ず命あるものは尽きる時がくる
笑って生きたいなら、
笑って生きれる強い自分にならないといけない
人生、転んだ分だけ、強くなっていく
人生、転んだ分だけ、ギフトを手にしていく
だから、私は転んでも、どんなに傷が痛くても、
必ず笑顔で立ち上がろうと思っている
今日を生きれなかったあの人がいる
今日を生きたかったあの人がいる
薄闇の彼方の水平線から真っ赤な太陽が
昇るのを見れなかったあの人がいる
青く美しく澄んだ空を
見上げる事が出来なかったあの人がいる
私は今日を生きている
私は今日も生きれている
どんな事があっても
必ず暗闇の夜は明け
眩しい太陽が昇る朝がやってくる
生きているからこそ朝を迎えられ
生かされている者は
生き切れなかった人の分
生き切らなければならず
良い事も悪い事も
悲しみも辛さも
全部、全部抱きしめて
生きていかなければいけない
今日も青空が美しい
そして明日も
これからも
私の心の中も
いつだって青く澄み渡る空のようにするの
人はね、最初から強くはないんだよ
困難や悲しみを乗り越えていく毎に
強くなっていく. . . .
強くなりたくても
そう簡単に強くはなれないの. . . .
だから
困難や悲しみを乗り越える事が出来たら
あなたはまた一つ強くなり
輝きを増す
今までの自分とは
もう違う
強くなれたら. . . .
今度は貴方が
誰かに優しくしてあげて
自分が辛かった時に
優しく手を差し伸べてくれた
あの人のように. . . .
早春 🌸
1月下旬、庭の紅梅の木が一斉に花を咲かせた
花が開いた時は、微かに甘い香りが漂い
早春の訪れを感じた
寒さが和らぎ、柔らかな空気が漂い始めると
私は必ず思い出す景色がある
それは、広島の尾道
早春の尾道は素敵だ
急な階段や坂を登り
息を切らしながら
高台から海を眺める
陽は暖かくても、風はまだ冷たく
ぽつぽつと桜の花が咲き始め
そんな咲きたての初々しい桜と共に海を眺める
遠くの海は太陽の光を受けて
キラキラと光っていて. . . .
心の中で何度も何度も繰り返し見る早春の尾道は
いつまでも変わらぬ景色のまま
いつまでも変わらぬあの日のままで
気付けば
10年以上の時が過ぎてしまったけれども
変わらぬ
永遠の尾道の景色
無農薬で自然に育った みかん を山のように頂いた
3食みかんを食べ続けても
そう簡単には減りそうもない程の量で
私は、にわかに みかん富豪 になれた事に喜んだ
オレンジ色に輝く可愛い みかん達を
押し潰さないように大きな段ボールの底に
大切に1個、1個並べ、更に別の段ボールに並べ、
重ね、玄関、階段、廊下は
たちまち足の踏み場もない程
みかんだらけとなった
その日の夜、不思議な夢を見た
夢の中で、コトン. . . .
廊下で何か物が落ちた音がした
気になったので、起き上がり、廊下に行くと
みかんが一つ転がっていた
そのみかんを拾い上げると
不意に愛おしい気持ちでいっぱいになった. . . .
すると目の前の光景が一気に変わった
陽がさんさんと降り注ぐみかん山に
黄金色に輝くみかんが沢山実っている
嬉しそうに みかんに手を伸ばす高齢の男性
そして若い御夫婦に
かしましな子供達やその他にも人がいて
賑やかに
そして楽しそうにお喋りをしながら
みかんを収穫していく
やんちゃな男の子は
何をするにも楽しく
すぐにおふざけをするので
親に叱られたりしながらも
小さな手で、せっせとみかんを籠に入れて
お手伝いをしている
みかんが入った籠とコンテナがみるみる積まれ
大人達は額の汗をタオルで拭いながら
みかんの収穫を喜んでいた
コトン. . . . .
また何かが落ちる音がした
そこで、夢から目が覚めた
まさか、ね. . . .
気になったので、廊下に行ってみると
夢で見た同じ場所にみかんが一つ転がっていた
夢と同じだわ
と思いつつ、みかんを手にし眺めた
このみかんには、もしかして
温かな遠い過去の記憶が残り続けているのだろうか
後日、みかんをくれた先輩にこの夢を話すと
"昔はそうだったなぁ" と懐かしそうに目を細めた
祖父の代から始めたみかん農家は
親の代で終わりにするそうである
夢で見た、やんちゃな男の子は先輩であり
若い夫婦は親であり
高齢の男性は祖父であり
今でもあの時の温かな家族の想い出を
みかんの木がずっと記憶しているのであろうか
残る みかんの木が
一つの家族の歴史、想い出を
また次の冬に成る みかんに宿して
再び夢に見させてほしい、私はそう願った
言葉の起源
始まりって
心から誰かに"ありがとう"という思いを伝えたくて
一番最初に発した言葉が
"感謝の言葉"であったのではないかと
少しロマンを馳せてみた
言葉は
誰かを思いやる気持ち
愛する気持ち
生きて行く為の大切な情報伝授のツールであり
誰かを攻撃したり
自己の利得の為に誰かを陥れたりする事に
使うものではないと思う
言葉は今と違って
太古はもっと丁寧に大切に使われていたのかも知れない
温かな言葉を使う事で
どれだけ心安らぐ人がいるのであろう
温かな言葉で
どれだけの人が笑顔を取り戻すきっかけを
掴んでいくのであろう
当たり前のように言葉を発しているけれども
それは、当たり前だと思ってはいけなく
言葉はもっと丁寧に大切に
使わなければいけない、と思った
以心伝心
心は言わずして相手に伝わったりもするけれども
それでも、古(いにしえ)の人間が言葉を初めて発して、
しっかりと相手に伝わった時の感動、感激は
計り知れないものであったろう
"ありがとう"と言ったら、
相手も思わず嬉しくなって
"ありがとう"と言って
2人で嬉しそうに
顔を見合わせて微笑んでいる情景が浮かんだ
時間に追われる現代
心に余裕がない状態は
とかく言葉を粗雑に使ってしまったりする
目を閉じて
深呼吸をして
言葉は
真心を込めて
丁寧に大切に
言葉は"心"が乗るものだから
丁寧に発した言葉が
相手の心を少しでも、一瞬でも、
温める事が出来たら
それが本来の言葉の役目であるのかも知れない
耐え難い困難が立ちはだかったとしても
決して(自分を)諦めたりなんかしないで
"大丈夫だよ"と言ってくれる人がいなかったとしても
そんな人なんかいなくたっていいのさ
君はきみ
君みたいな人はきみしかいない
だから諦めないで
君がもし最後にする事があるならば
そう、それは"諦めない事"
そんなBrent Morganの詩
彼の想いが込められている曲です
心の中で迷い、苦悩し続けている言葉に
のみ込まれたりなんかしないで
あなたは今までちゃんとやってきている
あなたはこれからもちゃんとやろうとしている
"大丈夫だよ" と傍で言ってくれる人がいないとしても。
僕たちは
ただ戯言を吐く眠らない奴ら
朝になれば覚えていない
そうさ、全部忘れてしまうのさ
君が今までずっと信じてきたものを失ってしまった時
"大丈夫だよ"と言ってくれた人がいなかったとしても
諦めないで
困難な事が立ちはだかった時
自分を支え続けられそうになくなっても
でも. . . .どうか 諦めないで
もし自分を見失い、孤独にさいなまされ
持つものなんて何もない
孤独でいる自分を決して恥じたりなんかしないで
もしあなたが最後にすべき事は
そう、それは
諦めない事
君は色んな意見に振り回されてきた
正しい事を恐れ、間違う事を恥じる
今まで"大丈夫だよ"と言ってくれた人が
いなかったとしても
彼らはいつだって君を見下し続けているんだ
そんな彼らと付き合う理由を探すのはもうやめて
僕は分かっているよ
君が信じるものを全て失ってしまった時
君に"大丈夫だよ"と言ってくれる人がいなかった事を
でも、諦めないで
困難な事が立ちはだかった時
自分を支え続けられそうになくなっても
どうか、
どうか、
諦めないで
もし自分を見失い、孤独にさいなまされて
持つものもない、孤独でいる自分を
決して恥じたりなんかしないで
もしあなたが最後にする事は
そう、それは
諦めない事
君みたいな人は他にはいない
君は君なんだ
君みたいな人は見つからない
何故ならば、君のような人がいないからさ
君はきみしかいないんだ
君みたいな人はいない
困難な事が立ちはだかった時
自分を支え続けられそうになくなっても
でも、、、どうか 諦めないで
あなたが最後にする事は
そう、それは
諦めない事
liberal translation by ペルシャ専科
🌷後書き
"大丈夫だよ、何とかなるさ"と
励まし言ってくれる人がいなくても
本当に大事なのは
自分自身が自分に
"大丈夫だよ、何とかなるさ"と励ます事が大切で
誰の言葉でなく
自分の言葉でなければ
自分を立ち続けさせる事が出来ない. . . .
全てを投げ出す前に
一番最後にすべき事は
"(自分を)諦めない事"
それは. . . .
この世に生まれ出た意義だから. . . .
そして. . . .
"大丈夫、何とかなるさ"
この言葉は
未来を幸せにする為の
自分にかける魔法の言葉. . . .
雨上がりの翌朝は、何でこんなにも美しいのだろう
くっきりとした青い空に
太陽がダイヤのようにキラキラしていて. . . .
人生もこんな感じ
荒天な日を過ごした人は
好天になった日を
心から大事に過ごすんだよね. . . .
好天な日とは. . . .
普通に過ごせる毎日の事. . . .
ある女優さんがTVで
「 "頑張れ"と言われる言葉が一番辛いのです 」
と言った辺りから
その言葉を使う事は
敬遠されるようになっていきました
何もかも辛くてしんどい時は
もう頑張らなくていいのです
充分に頑張ったのだから. . . .
大切なのは
自分の心の居場所を心地良くしてあげる事
でもね. . . .
一つだけ、、、
どうしても頑張らなくてはいけない事がある
それは
" 頑張って生きる事 "
これだけはね. . . .
ずっとずっと
頑張り続けなくてはいけない
この世に生まれ出た事は
それは
奇跡であり
当たり前の事なんかじゃない
だからこそ
生きるという事を
全力で全うしなければ
いけないのだよ